つり丸 文・大川 直
館山・真澄丸
脱サラして、民宿、ウインドサーフィンショップ経営を経て船長に
異色な経歴を持つ船長は、そのこだわりも異色
オニカサゴに惚れて惚れて惚れぬいた船長を
千葉県館山市に訪ねた
なんとか1匹ということに対しては
できるだけ頑張りますが
数釣りたいというニーズには応えていません
なぜなら、うちで狙うのは20年も生きた
尊敬に値する魚ですから
”真澄”は女房の名前で、僕が初代です。もともとは生まれも育ちも東京でね、いろいろあって都会の生活をやめて親父の故郷である館山に来たんですよ。最初は釣り船ではなく民宿をやったんです。40年前のことです。それから”サマーボーイ”っていう名のウインドサーフィンのショップもやりましたね。漁師になりたいという漠然とした気持ちはずっとあったんです。海はずっと好きでしたしね。機会があって釣り船をやらないかと、声を掛けてもらってこの仕事を始めたんです。でも、その頃は釣りをやったこともなかった。それで、白浜の誠丸さんで修行をさせてもらったんですけれど、最初は船酔いしちゃって無理だと思いましたよ。波が出るとゲーゲー吐いて”さざ波船長”なんて言われながらも、お客さんの言う通りに、何でも聞いてやってましたよ。そのうちに仲のいい漁師さんから、あまり他の船がやっていない魚をやったほうがいいというアドバイスを受けましてね。
いろいろとサポートするからとも言ってもらって、オニカサゴを始めることにしたんですよ。
きっかけは人の勧めだったんですけど、釣り方の研究したり、ポイント開拓をしているうちに、自分自身がオニカサゴにハマっていきましてね。それからはオニカサゴ一本っていう感じですよ。
最初はお客さんがいない日のほうが多かったから、ポイント開拓ばかりしてましたよ。(笑)
今は、とにかく数を釣りたいというニーズには応えないよって、お客さんにも伝えているんですよ。
なんとか1匹ということには出来るだけ頑張りますけど。なぜなら、うちでのターゲットは型にして2kg前後、だいたい20年物です。成長に時間が掛かる魚ですからね、オニカサゴって魚は。価値がある魚なんですよ。築地の人にも聞いたんですけど、たまに入ってくるニュージーランド産のものでもkg当たり8000円くらいするらしいんですよ。だから、ここらで釣れる20年物のオニカサゴは2万円でも買えない魚なわけです。だいたい売ってませんけどね。
そういう価値を、まずは分かってもらいたいんです。釣らなければ食べられない魚なんです。
正直言って、この価値が分からない方には釣って欲しくない。粗雑に扱ってほしくないんですよ。
うちでは8人限定でやっていますので、ひとまずはひとり2匹で16匹。これが数の目標です。
目安として最大持ち帰る数としてはひとり7匹まで。これだけの価値のある魚を10匹も持って帰らなければ気が済まないって方は、ほかのどんな魚をどれだけ釣って帰っても満足しないと思うんです。
真澄丸流の釣り方のコツは、まずオリジナル仕掛けにポイントがあるんです。うちのは2.6mとかなり長いです。その理由は小さいオニカサゴは短くても食ってきますが、うちで狙っている20年物は、警戒心も強く少しでも短いと食ってこないからです。
また、なるべく少ない糸出しで底を取るのも大切です。特に駆け上がっている根の場所では、糸を出して引きずっていると、どうしても誘いがワンテンポ遅れてしまいます。なるべく垂直に糸を出すようにしたほうが有利なんですよ。それに、仕掛けを浮かせたら食ってきません、引きずってもダメ。
潮も動いているわけですから、イメージとしては、天ビンと仕掛けが水平になっているような感じ、これは重要です。それで、餌がヒラヒラヒラ、ヒラヒラヒラっていうように動いて誘っているのをイメージすることです。よく言うんですけど、考えて釣っていれば、そのうちに頭の中に”液晶カラー画面”のイメージ像が浮かぶようになってきますからってね。それくらい集中して釣るのが大事ですね。
そうやって誘っていれば、そのうちにアタリが来ますよ。掛かっちゃった、釣れちゃったっていうのも、確かによくあることですが、それは恥ずかしいことなんですよ。20年物だと本当にわずかなアタリです。これを取ってから始まるのが、本当のオニカサゴ釣りなんです。その小さなアタリが来たら、すぐに糸を送り込んでね、竿先を水平にして次のアタリを待つ。2番目のアタリが来てもそこでアワセたらダメです。その後の3番目のアタリでソフトに聞く、そうするとクンクンクンって突っ込んでいくから、そこでしっかりアワせて、最初は根に入られないように手巻きで根から引き離すようにするんです。
ベテランの方でも、なぜ糸を送るのか、本当の意味がよく分からない方もいるようですが、アタリを取っている間にも船は動くんです。仕掛けが動いたら、魚は追いかけてこないですよ。
だから、その場に仕掛けを留めておくために糸を送るんです。糸を送った人がいたら、僕は見逃さずに、その人に合わせて操船するようにしますから。
巻き上げも大切です。初めてやる方はしょうがないですけど、途中で「サメだ」、「フグだ」っていうのはダメです。言ってオニカサゴだったら没収です。(笑)
何で途中で外道だと思ったらダメかっていうと、そう思った瞬間にリーリングが雑になるからです。
掛かったら何でもオニカサゴだと思うことが大事です。バラして欲しくないんですよね。
見えてからガッカリすればいいだけですから。空巻きの時でも、底から3〜5mは手巻きで誘い上げてから電動のスイッチを入れる。巻き上げの時に食ってくるのは大型が多いですからね。
この仕事の喜びっていうのは、タモ入れの瞬間ですね。うちでは、その後の握手、そして記念撮影。撮影サイズって言ってるのは20年物なんですが、この3点セットが僕の喜びなんですよ。
それだけ1匹の魚の価値が大きいと、僕自身も思っているんですよ。僕はオニカサゴに対して、畏敬の念というものを持っているんです。厳しい環境の中で何十年も生き抜き、150mの水圧変化にも耐える強靭な生命力。それでいてガツガツとせずにプライドを持って生きているわけですから。
このオニカサゴの生き方,スタイルには感動しますよ。こういう生き方を人間がしたら、相当な大人物になれると思いますよ。オニから学ぶっていうんですか、本当にすごいなあ、と思っています。
それに、あの魚とは思えないほどの大きな黒い瞳。船に乗っていると、バケツに入ったオニカサゴと目が合うんですよ。それで、失礼かもしれないけれど、心ない釣り人の場合だと、こんな人に食べられるのかと思うと耐えられないときがありますよ。 だって、例えば1匹20年だとして、船中10匹釣ったとしたら、累計して200年にもなってしまうんですよ。
これだけのオニカサゴが育つにはそれだけの歳月が必要なんですよ。
うちの船でも一年間では1万5千年くらいですよ。これは、もう大変なことだと思いませんか?
だからこそ、小さな魚は逃がしてやるように、大事に大事に扱って欲しいんです。